1990年4月から2013年3月まで、NHK教育テレビ(現・Eテレ)で23年間にわたり放送された伝説的造形教育番組『つくってあそぼ』。赤い帽子に黒縁メガネの「わくわくさん」と、相棒のクマ「ゴロリ」が身近な素材から繰り出すアイデア工作は、平成の日本全国の子どもたちを熱狂させました。
番組終了から歳月が流れた現在も、彼らの温かな掛け合いは多くの人々の記憶に刻まれています。ネット上でささやかれた番組終了の知られざる背景、相棒ゴロリを演じた声優・スーツアクターの卓越した職人技、不仲説の真相、そしてわくわくさんの精力的な現在の活動まで、一次証言と取材データをもとに徹底追跡します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:23年間続いた『つくってあそぼ』の終了理由は打ち切りではなく、NHKの造形教育方針が「手順再現型」から「自由発想型(後継:ノージーのひらめき工房)」へシフトした計画的改編。
- 要点2:ゴロリの名演を支えた声優・中村秀利氏(2014年逝去)とスーツアクター・古市次郎氏の職人芸。ネット上の「不仲説」は完全なデマであり、舞台裏には阿吽の深い信頼関係が存在した。
- 要点3:わくわくさんこと久保田雅人氏は60代を迎えた現在も、公式YouTubeチャンネル『わくわくさんの工作教室』や全国の巡業イベントで子どもたちに工作の魅力を伝え続けている。
【軌跡と変遷】『できるかな』から『つくってあそぼ』への継承と23年の歴史
NHK Eテレ 工作番組の系譜を語る上で欠かせないのが、前身番組『できるかな』(1970〜1990年放送)からの歴史的バトンタッチです。一言も喋らずに驚異的な工作を生み出すノッポさん(高見のっぽ氏)と、愛らしい鼻息で親しまれたゴン太くんのコンビは、昭和の子ども文化の象徴でした。1990年3月の最終回、ノッポさんが20年間の沈黙を破って「あーあ、喋っちゃった!」と語りかけ、新世代の旗手として紹介したのが「わくわくさん」と「ゴロリ」の二人でした。
無言劇スタイルだった前作から一転し、『つくってあそぼ』は言葉による軽妙な掛け合いと丁寧な解説を取り入れました。身近にある牛乳パック、紙コップ、トイレットペーパーの芯、輪ゴムといった廃材が、二人の手にかかることで瞬く間に動くおもちゃへと変貌を遂げるプロセスは、当時の子どもたちに強い創造的インパクトを与えました。
1990年代から2000年代にかけて、番組は全784回に及ぶ放送を重ね、小学校や幼稚園の図画工作教育にも多大な影響を与えました。単なるテレビ番組の枠を超え、日本における「リサイクル工作」の概念を家庭に定着させた立役者といえます。
ゴロリの正体と設定|声優・中村秀利氏の遺志とスーツアクターの職人技
わくわくさんの無茶振りに応えつつ、時折見せる器用な手先で視聴者を驚かせた相棒「ゴロリ」。その緻密なキャラクター設計と、それを具現化した二人の表現者の存在は語り草となっています。
公式設定におけるゴロリの設定・プロフィールは、「工作が大好きな5歳のクマの男の子」です。いたずら好きで少し食いしん坊、そして「ねぇねぇ、わくわくさん!」という甘えと好奇心が入り混じった口癖がトレードマークでした。5歳児でありながら、わくわくさんよりもハサミの扱いが器用な場面を見せるなど、子どもたちが自己投影しやすい絶妙な立ち位置が計算されていました。
ゴロリの命である声を担当したのは、名バイプレイヤーとして知られた声優の中村秀利氏です。洋画の吹き替え(ブルース・ウィリス役など)やアニメで重厚な演技を見せる一方、ゴロリ役では甲高くも温かみのある唯一無二のトーンを確立しました。2014年12月24日、中村氏が60歳で急逝した際、久保田雅人氏は公の場で深い悲痛とともに「中村さんがいたからこそ、わくわくさんとゴロリは23年間走り続けることができた」と、盟友への惜しみない感謝と哀悼を捧げています。
一方、現場でゴロリの愛らしい動きを生み出していたのが、スーツアクター(中の人)の古市次郎氏です。着ぐるみの中から極めて細かな手元操作を行うパペット操演技術はまさに神技であり、わくわくさんが手渡すハサミや紙をミリ単位で受け取り、本当に工作しているかのように見せる職人技が番組のリアリティを支えていました。中村氏の声、古市氏の肉体表現、そして久保田氏のリアクションが完璧にシンクロして初めて、ゴロリという唯一無二のキャラクターが成立していたのです。
【真相究明】『つくってあそぼ』最終回の理由とネットの不仲説を検証
2013年3月30日、23年間にわたるレギュラー放送が幕を閉じた際、日本中で「わくわくさんロス」が巻き起こりました。一部のインターネット上では「二人の不仲が原因ではないか」「制作費削減による打ち切りか」といった憶測が飛び交いましたが、これらは実態とは全く異なります。
関係者の証言および教育番組の編成史を紐解くと、『つくってあそぼ』最終回の理由は、NHK Eテレにおける造形教育のパラダイムシフトにあります。2010年代に入り、教育現場では「提示された手順通りに正しく作る(再現型工作)」から、「正解のない自由な発想で創り出す(創発型工作)」への転換が求められるようになりました。この教育指針の刷新に伴い、番組は23年という節目をもって発展的終了を迎え、後継番組『ノージーのひらめき工房』(2013年4月〜)へとバトンを渡したのが客観的事実です。
また、根強いわくわくさん・ゴロリの不仲説の真相についても、久保田氏自身が各メディアのインタビューや手記で明確に否定しています。収録現場は常に笑いに満ちており、台本にないアドリブをお互いに仕掛け合うなど、長年の共闘関係に裏打ちされた深い信頼が存在していました。着ぐるみの視野の狭さを補うため、久保田氏が自然に立ち位置を誘導するなど、画面外での細やかなサポートが日常的に行われていたことからも、不仲という噂がいかに根拠のない都市伝説であるかが分かります。
感動を呼んだ最終回(2013年3月30日放送)でも、涙ながらの別れを演出することはありませんでした。「テレビの前のみんな、これからも色々なものを作って遊んでね!」と、あくまで日常の延長線上として笑顔で手を振る演出が選ばれました。子どもたちの日常に工作の火を灯し続けるという、教育番組としての矜持が最後まで貫かれた幕引きでした。
【徹底比較】歴代NHK工作番組の系譜と教育的アプローチの変遷
NHK Eテレが半世紀以上にわたって紡いできた造形教育番組の系譜を比較すると、時代ごとの社会背景や教育観の変遷が鮮明に浮かび上がります。
| 番組名 | 放送期間・主要キャスト | 教育的アプローチ・特徴 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| できるかな | 1970年〜1990年(20年間) ノッポさん、ゴン太くん | 無言劇(パントマイム)形式。職人的な手さばきを視覚的に見せ、道具の機能美と造形の面白さを直感的に伝える。 | 日本のテレビ造形教育の基礎を確立。無駄を削ぎ落とした芸術性の高い原点。 |
| つくってあそぼ | 1990年〜2013年(23年間) わくわくさん、ゴロリ | 対話型・手順再現型。身近な廃材を活用し、「作って動かして遊ぶ」という動的な達成感を重視。 | 家庭・教育現場への普及度が最も高く、リサイクル工作を国民文化に押し上げた金字塔。 |
| ノージーのひらめき工房 | 2013年〜放送中 ノージー、シナプー、タノチーノ | 創発型・アート思考。決まった設計図を持たず、素材の感触や偶然のひらめきから自由な自己表現を促す。 | 予測不能な時代に求められる「自発的発想力」「正解のない問いへの挑戦」に特化した現代型。 |
わくわくさん(久保田雅人)の年齢・経歴と現在の活動実態
番組終了後も、わくわくさんこと久保田雅人氏の年齢・経歴とそのバイタリティは注目を集め続けています。
久保田雅人氏は1961年8月8日生まれ、東京都出身。立教大学文学部史学科を卒業後、教員免許(中学・高校の社会科)を取得しています。教職の道ではなく演劇の世界へ進み、「劇団カッパ座」に入団して人形劇や着ぐるみ劇の基礎を徹底的に叩き込みました。この劇団時代に培った身体表現力と明瞭な発声、そして子どもを引き込む巧みなトークスキルが、後のオーディション合格と23年間の長期連投へと結実しました。
現在の活動において特筆すべきは、デジタルプラットフォームへの進出です。公式YouTubeチャンネル『わくわくさんの工作教室』(わくわくさんチャンネル)を開設し、往年のファンである親世代からその子どもたちまで、幅広い層に向けて動画を配信しています。スマートフォンの画面越しでも変わらないテンポと笑顔で、ハサミの安全な使い方やペーパークラフトの奥深さを伝えており、総再生回数は数千万回規模に達しています。
また、リアルな場でのイベント出演情報も極めて活発です。全国各地の商業施設、市民会館、幼稚園・保育園からの招聘を受け、「わくわくさんの工作ショー」として年間多数のステージを敢行しています。生で見せる工作の手際の良さと、軽妙なトークで会場全体を巻き込むライブパフォーマンスは健在であり、世代を超えた圧倒的な動員力を誇っています。
【実態検証】現場目線と社会心理学で読み解く「工作教育」の現代的価値
スマートフォンやタブレット端末が普及し、デジタルネイティブ世代の遊びが画面内で完結しがちな現在、わくわくさんが提唱し続けた「リアルな工作」は社会心理学・発達教育学の観点から再評価されています。
教育心理学の知見において、紙を切る、糊で貼る、折るといった手指の微細運動(ファイン・モータースキル)は、子どもの脳の発達や空間認知能力の獲得に直結します。さらに重要なのは、工作における「失敗の体験」です。「切る場所を間違えて動かなくなった」「思った通りの形にならなかった」という挫折に直面し、テープで補修したり別の形に作り変えたりするプロセスこそが、心理的レジリエンス(精神的回復力)と自己効力感を育みます。
『つくってあそぼ』の現場を観察すると、わくわくさんは常に「失敗しても大丈夫、別の面白いものにしちゃおう」というメッセージを発信していました。この寛容な姿勢が、過度な正解主義に陥りがちな現代の子どもたちや親にとって、決定的な心理的セーフティネットとして機能しています。
【プロの結論】デジタル時代に親子で体験すべき判断基準
現代の家庭において、工作体験をどのように取り入れるべきか。専門的な視点から「おすすめできる環境」と「注意すべきアプローチ」の基準を提示します。
- 積極的に取り入れるべきケース:
- デジタルゲームや動画視聴の時間が長くなり、手先を使った遊びや実体験が不足していると感じる家庭。
- 正解・不正解にこだわりがちで、失敗を極度に恐れる傾向が見られる子ども。
- 親子のコミュニケーションにおいて、共通のゴールを目指す「共同作業」の機会を作りたい場合。
- 慎重に見直すべきケース:
- 「見本通りにきれいに作ること」を親が強要し、子どもの自由な試行錯誤を遮断してしまう環境。
- 刃物や接着剤の安全指導を怠り、子どもの発達段階に合わない複雑な工作を無理に与えるケース。
【わくわく さん ゴロリ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:わくわくさんとゴロリの不仲説は本当ですか?
A1:完全なデマです。久保田雅人氏、声優の中村秀利氏、スーツアクターの古市次郎氏の3名は強い信頼関係で結ばれており、現場ではアドリブを交わし合う阿吽の呼吸でした。中村氏逝去の際にも久保田氏は深い感謝と追悼の意を述べています。
Q2:『つくってあそぼ』の最終回で二人はどこかへ旅立ったのですか?
A2:特別な別れの旅立ちや感動的なドラマ仕立てにはせず、通常の放送と同じように楽しく工作を行い、「また作って遊んでね!」と笑顔で手を振って締めくくられました。子どもたちの日常に工作が溶け込み続けることを願った演出です。
Q3:わくわくさんの現在の工作ショーやイベントを見るにはどうすればいいですか?
A3:久保田雅人氏の公式SNSや所属事務所の公式サイト、全国のイベント企画会社の告知ページでツアースケジュールが公開されています。また、公式YouTubeチャンネル『わくわくさんの工作教室』でも定期的に新しい工作動画が配信されています。
Q4:ゴロリの声優だった中村秀利さんは他にどんな役を演じていましたか?
A4:中村秀利氏は、映画『ダイ・ハード』シリーズなどでブルース・ウィリスの日本語吹き替えを担当したほか、アニメ『機動戦士Zガンダム』(ブラン・ブルターク役)や海外ドラマ『CSI:NY』など、数多くの名作で重要な役柄を演じた名声優でした。
まとめ:時代を超えて息づく「つくる楽しさ」と二人が遺した教育的遺産
『つくってあそぼ』が放送された23年間、そして放送終了後の歩みを振り返ると、わくわくさんとゴロリが遺した最大の功績は「特別な道具がなくても、アイデアひとつで世界は面白くなる」という普遍的な気づきを子どもたちに与えたことです。
番組が『ノージーのひらめき工房』へ引き継がれ、メディア環境がテレビからYouTubeなどの配信プラットフォームへ移行した現在も、久保田雅人氏の情熱は色褪せていません。ハサミを握り、セロハンテープを貼り、ワクワクした表情で工作に挑む体験は、デジタル化が進む未来においてますますその価値を高めていくはずです。 (出典: わくわく さん ゴロリ(Yahoo!ニュース))